スタンの昔話を聞かせてもらい、沈んでいた気分も大分回復した。
それで時間で言うともう夕暮れ頃になろうかと言う時、イリアはやっと帰宅する。
「おかえりなさ、イリア君」
自宅でゼロに迎えられ、イリアは少したじろいた。
自分が招いたのだから居て当然なのだが、やはり隠し事をしているためかすごく後ろめたさを感じる。
そしてそれが浮かびかけたイリアの気分をまたどん底まで突き落とした。
「あ……た、ただいま」
「はい。ご飯、用意できてますけど?」
「え。ゼロさんつくってくれたの?」
驚いてイリアがゼロを見上げれば、ここぞとばかりにゼロはいつもの笑みを零す。
「リアちゃんもお腹空いてそうでしたしね。リアちゃんは先に食べちゃいましたけど?」
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして。さぁ、私もまだ食べていませんから。一緒に食べましょう」
「うん」
ゼロに連れられ入ったキッチンは、とても香ばしい匂いが充満していた。
一体なにを作ったのだろうかと思ってしまうような香り。
表情からその心情を読み取ったのか、ゼロは言った。
「今日はガーリックステーキを作ってみました。ここは、意外と豊富な食材が売られてますね」
「うん。三日に一度、上から供給があるから。それに食用家畜とか、育ててる業者も結構いるし」
「そうですか。なるほど……私はまだまだここについて全然わからない事ばかりですよ」
ゼロが困ったように言う。
そうだねと、イリアも頷いた。
しかしそれは当たり前の事で、ゼロがスラムに下りてきてまだ数日しか経っていない。
イリアはゼロに勧められるままに椅子に腰かけた。
「それにしても、このフライパンの保温効果もすごいですねぇ」
「あ、それいいでしょ?前見つけてすぐに買っちゃったよ」
「ええ。これ、上でも最近出たばかりの品物ですよ。確か」
「へぇ」
しゃべりながら、目の前に差し出された大きなお皿に目を落とす。
香りの元はもちろんその上で、そこには大きなステーキ肉が食欲をそそるソースと共に配置されていた。
「わぁ……美味しそう」
「自分でも美味く出来たと思います」
ニコッと言う擬音すら出そうな笑顔で、ゼロは笑う。
自分の分も更に盛り、ゼロはイリアの向かいに腰を下ろした。
「さ、食べましょう」
「うん。いただきまーす」
そしてナイフとフォークで小さく切り分けたステーキを口に放り込む。
イリアは口内に広がる、香ばしい味に一瞬我を忘れてフリーズした。
数秒後ゼロの立てた、食器のカチャという音にやっと意識をこちら側に戻す。
「すごい……美味しい」
「ありがとうございます」
それから少しの間、二人とも無言で料理を頬張った。しかし頬張ったと表現してもいいのは、イリアだけだった。ゼロはとても上品に、静かにステーキを口に運んでいる。
見れば胸には、ナプキンがかかっていた。
イリアは、ゼロの様子をチラチラと窺いながら考える。
(なんで、ゼロさんに言っちゃ駄目なんだろう……すごい良い人なのにな。ラクスは考えすぎなんだ)
目の前に居る人物をゼロは信じる事こそできても、疑うなどとてもできなかった。
イリアの中でゼロは既に良い人としての位置をキープしている。
(俺が、ゼロさんの探してる人間かもしれないのに)
そう思うとまた罪悪感と後ろめたさが頭を掠めた。
しかしイリアにはラクスの言葉を裏切る事などできず。
結局は自分の中で溜め込むしか術は無かった。
「イリアくん」
「な、何?」
突然声をかけられ、イリアは飛び上がる思いで何とか返事を返す。
ゼロはそんな事には気づいていないかのように、喋り始めた。
「『力』を持つ者の事についてなんですけど。スタン君の話で、『竜虎』の方々の中に居る事がほぼ確定しました」
「そ、そうだね」
「やっぱり心当りはありませんか?」
「ない、よ」
「そうですか。まぁ、今は良いでしょう。スタン君はここに来る前には殆ど知り合いが居なかったようなので、見たと言うのならやはり『竜虎』の中だと思います。そこで、ラクスさんの許可も下りましたし明日から本格的に洗っていきたいと思ってます」
「そ、そっか……早く、見つかるといいね」
「はい。そこでですが、イリアくんに手伝っていただきたいのですけど……」
伺うようにゼロはイリアを見つめた。
そこはやはり性分。
頼まれ事を断れるイリアではなかった。
「うん、いいよ」
声には幾分後ろめたさが滲み出ていたが、悟られまいとイリアは必死に笑う。
「ありがとうございます。そうそう、スタン君にも手伝ってもらう約束をしました。やっぱり私一人じゃあ、『竜虎』の方々とは接しにくいですから、助かります」
「うん。そうだね」
「じゃあ、明日は朝からメンバーの方々を当たっていきたいのですけど大丈夫ですか?」
「大丈夫。……じゃあ、俺は早めに寝るね。なんか今日は疲れたから。あ、ステーキ美味しかったです。ごちそうさまでした」
「はい。おやすみなさい」
笑顔のゼロに見送られ、イリアはリアの休む部屋へと早々に去っていった。









地下の楽園TOP  第四章3