第一章.地下の少年達 少年は走っていた。 何一つ自然の物など無い街をただひたすらどこかを目指して走っていた。 頭上高くにはあるはずの青は無く、無機質な天井だけが広がる。空に輝くはずの太陽も月も星もそこには無かった。 空間を照らすのは人工的な照明器具。 そこは一つの大きなドームのようだった。 惑星ゾラム。 三層の世界から成るこの惑星の最下部。 そこに少年は存在していた。 俗に『スラム』と呼ばれるこの層ではとにかく沢山の人達が住んでいる。 しかしその誰もに共通しているのは身分だった。ここ『スラム』はこの惑星で最も身分の低い者達が住まう場所。 少年は崩れかけた建物の間の狭い道を縫うように走る。 その目に迷いは無く、ただ一点だけを目指していた。 少年が足を踏み出す度に砂埃が舞い、視界を濁し、は少年の衣服や茶色い髪に付着していく。 しかしそんな事はお構いなしに少年は駆けた。 そしてやがて周囲から少し浮いた雰囲気のある建物が見えてくる。 少年はそこまで全速力で駆けるとその建物の前で止まった。少し息が切れている。 そして彼は薄い明かりの灯るその建物に入った。 建物の内部はまだ薄暗く、明かりの灯る部屋はもう少し奥だ。 少年はそこに向かって呼びかける。 「ラクス!!居る?」 その部屋に駆け込みながら少年はそこに居る人物に呼びかけた。 少しきつい感じのする冷たい顔をした男が積み上げられた木箱に座って少年を見ている。 少年はその男を再び呼んだ。 「ラクス!」 「どうした、イリア」 ラクスは冷たい感じのする低めの声で少年に答える。 イリアは少し高潮した頬をそのままに興奮気味に答えた。 「隣の地区(ブロック)の奴が攻めてきた!何人も……殺された……向こうのリーダーがラクスを出せって……」 「………わかった。行くぞ」 答えると同時にラクスは立ち上がる。 背筋をピンと正してスタスタと足早に歩き出した。 イリアはそのラクスの背中を少し小走りになりながら追う。 元々コンパスの違いは大きいが、更にラクスが早足になっているためどうしてもイリアは小走りするしかなかった。 「場所はどこだ?」 「A-3だよ。早く行かないと……スタン達が食い止めてる」 「そうか……よし、走るぞ。ついて来いよ、イリア」 「うん!」 そしてラクスとイリアは走り出した。 ラクスの大きな背中とイリアの小さな背中が建物の闇に紛れて遠ざかっていった。 いくつもの銃弾がコンクリートを抉り、その破片を飛び散らせた。 まだ十代半ばと見える少年は小さく舌打ちをする。 建物の影に隠れながら少年─スタンは手に持った銃の弾を詰め替えた。 「くっそ〜ラクス早く来てくれ……」 スタンの顔は汗と泥にまみれて汚れている。 どこで負ったのか、細かい傷が無数にあった。 「スタン!ジルが撃たれた!血がすごいよ!!!」 同じ建物の影に隠れている見るからに活発そうな少女が幼い少年を背負ってスタンに歩み寄る。 スタンは少女に背負われた少年を一瞥し、小さく舌打ちをした。 そして少女に言う。 「ユアはジルの手当てを!とにかく血を止めるんだ!」 ユアは小さく頷き、背負った少年を建物の中に運び込んだ。 スタンはそれを見送って弾を詰め替え終えた銃を構える。 「ラクスが来るまでだ……それまで持ちこたえるんだ!!!」 呟いてスタンは建物の向こう、敵の潜む方向へ銃弾を撃ちこみ始めた。 ドンドンドンと、三発続けて銃を撃ち放す。 しかしそれに応えるように、向こうからも銃弾が返ってきた。 「くっそ〜埒があかねぇ!怪我人も増える」 スタンはどうしようもなく、ただ銃を必死に撃つしかなかった。 地下の楽園TOP 第一章2 |