第二章.上からの訪問者

イリアはコンクリート造りの崩れかけた、小さな家に戻った。
時間はもう遅い。
「ただいまぁ」
「お兄ちゃん!!!大丈夫!!?」
入った途端、そんな大声がイリアに浴びせられた。
奥から小走りに出てきたのはイリアより少し幼い少女。イリアを少し女の子らしくしたような感じだった。
「リア、心配かけてごめんな。大丈夫だよ」
「ホントに?どこも怪我してない?」
「うん、大丈夫」
「良かったぁ……」
リアは自分の兄にしがみついて、安心した声を出す。
イリアもそれをしっかり受け止めて笑った。
「本当に大丈夫だよ?ごめんな」
「ううん!良かった!銃声がして、怖かったの」
「ごめん、一人にしちゃって」
リアは答える代わりにイリアに向かってニッコリと笑いかけた。
「ね、中に入ろうよ!」
「うん、そうだな。ご飯食べた?」
「まだ!お兄ちゃん待ってたの」
「先に食べてれば良かったのに」
「一緒に食べたかったんだもーん」
プゥと頬を膨らませる妹にイリアは優しく笑う。
「じゃあ、ご飯食べよっか」
「うん!」
イリアは妹と並んで奥へと入っていった。
中からは夕飯のいい匂いと、暖かさが漂っている。
「リアが作ったの?」
「うん、上手くできたよ!」
「そっか、楽しみだな」
そんな、いたって普通の会話が嬉しかった。
少し前まで、死体や血の匂いを嗅いでいたイリアにとってはそれは更に大きく思える。
夜の無い、地下の世界でゆっくりと一日は終わりに近づいていった。


狭い、一畳ほどしか無いその空間に男はいた。
その部屋は不思議な重力を感じさせる。
ゆっくりと……落下するような……
ウィーーーン
絶え間なく、そんな音が部屋を満たしていた。
そこに男の声が混じる。
「ククク……もうすぐ会えるぞ、『力』を持つ者よ。もう少しだ……」
部屋はゆっくりと降下して行く。
男は『そこ』に近づくにつれ、顔に浮かべた笑みを大きくしていった。

部屋はゆっくりと降下して行く……


「おはよ、リア」
「おはよーお兄ちゃん!」
おはようなどと言いつつも、時計は既に午前十一時を回っていた。
まったくおはようなどでは無い。
「今日、散歩行く?」
「行くーーー!!」
「じゃあ行こう」
妹の手を引いてイリアは表に出た。
外は昨日と変わらず、照明で照らされている。
天気の良し悪しなど気にする必要は無い。いや、そもそもここには天気と言う物が存在しないのだ。
太陽も雲も無いのだから。
「どこ行こうか?」
「秘密基地〜!!」
「よし、じゃあ秘密基地にしような」
「うん」
二人が歩くたびに、乾いた砂埃が小さく舞い上がる。
視界はそれ程良いとはいえなかった。
イリアは繋いだ手をしっかりと握りながら、コンクリートの建物達の間の細い道を抜けていく。
その殆どは照明が十分に届かず、暗く、汚れていた。
しかしそんな事を気にするわけでもなく、いたって普通に二人は進んでいく。
二人の右手にある半分崩れかけた、廃墟と化している建物が逆光を浴びて黒いシルエットで浮かび上がっていた。
イリアは迷わず、コンクリートの裂け目から廃墟の中に入る。
中は暗いかと思いきや、天井の割れ目から光が差し込んで来ていて、それなりに明るかった。
建物の中にはあちこちにドラム缶が転がり、埃にまみれている。
イリアはまっすぐにその内の一つ、くすんだ赤のドラム缶へと向かっていった。
その埃にまみれたドラム缶を、イリアは両腕でしっかりと抱きかかえ、そして引き摺るように左に動かす。
それに合わせるように埃が舞った。
そして現れたのはドラム缶があった位置、隠れるようにして壁に開いた穴だった。
穴の奥は暗くて、とうてい見えるとは思えない。
「リア、先入れ」
イリアの言葉にリアは素直に先に穴をくぐった。
それに続いてイリアが身体を穴へともぐらせる。上半身だけを外に出して、脇に除けたドラム缶を力一杯引き戻した。
穴は闇に閉ざされる。




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