闇に閉ざされた穴は、肉眼ではとても物を見る事はできなさそうだった。
イリアはポケットからペンライトを出し、手探りでそのスイッチを入れる。
光が灯り、周囲の様子が充分とは言えないまでも窺えるようになった。
「リア、足元気をつけろよ。暗いから」
「うん」
リアが先立って進みだす。少し先から下りの階段になっているようだった。ペンライトの明かりだけを頼りに、階段を一歩一歩降りていく。
その度にカツン、カツンと足音が響いた。
乾いた空気と、相変わらずの砂埃が舞う。閉ざされていたためか、空気は外より重い気がした。
「前見えるか?ライトお前が持つ?」
「いーよ、でもちゃんと前照らしてね」
「わかってるよ」
話しながら歩いているうちに、リアは階段の終わりを踏んだ。イリアがライトを足元から正面に向けると、周囲の古臭いコンクリートの壁とは
全く雰囲気の異なる鉄で出来た扉が浮かびあがる。
扉はとても頑丈そうで、脇にはロック解除用らしい数字キーが並ぶ端末まであった。
しかしイリアはその端末には見向きもせず、扉に手をかける。右に引くと、扉は難なく開いた。
どうやら端末は既に壊れていたようだった。
二人は扉から中に入る。扉は開けっ放しにして奥に進んだ。
イリアはペンライトを消し、ポケットにしまう。ライトの明かりが無くても、部屋の中は何故か明るかった。
しかし光源らしき物は見当たらない。まるで部屋その物が光っているようだった。
部屋の中はまず、コードが散乱していた。そして、コードで繋がれているように幾つもの大型の機械が所狭しと並んでいる。
何か、人一人が丁度入れるような透明なケースのようなものまであった。
昔に何かの研究施設に使われていたのかもしれない。
しかし現在は全くの無人で、機械は手入れされた様子も無く寂れていた。
イリアは大きなモニターのついている機械に触れる。電気は切れていなかったのか、電源を入れるとモニターに光が灯った。


数ヶ月前、イリアはこの場所を見つけた。
ただ歩き回っていた時、あのドラム缶の後ろに穴を見つけたのが最初だった。
降りて見ると、そこには見慣れない機械の並ぶ部屋がある。
当然驚いたイリアはその事をまず家に居た妹に話した。しかし、リーダーであるラクスには話さず、二人だけの秘密基地として遊び場になって
いた。
普段見慣れない機械に二人は飽きる事は無く、短い間隔を開けてここへ足を運ぶようになった。
イリアは機械をいじりながら、そこに記録された内容に意味も無く目を通す。しかしその時、突然それが画面に現れた。

エレベーターガ、トウチャクシマス

そのメッセージは明らかな意味を持ってイリアに呼びかけていた。
「エレベーター?何の事だ?」
呟きながら操作をする。しかし機械はそれを受け入れず、ただひたすらそのメッセージだけを表示していた。
その時、突如ガシャンと何か重い金属が着地する音が響く。イリアは音の元を辿って視線を走らせた。その視線は部屋の最奥にあった大きな扉に
たどり着く。その扉は開けようとしても今までどうしても開かなかった唯一の扉だった。
「音、あそこから……?」
「お兄ちゃん、今の音なぁに?」
リアが少し怯えるようにイリアにすり寄って来る。それも当然だった。ここは自分達以外知らないはずなのだから。
イリアは怯えるリアの肩を抱き寄せた。
「大丈夫。お兄ちゃんが見てくるよ」
「やだ!怖いよ!!」
「大丈夫だよ。ちょっとここで待ってて」
イリアは安心させようと必死で笑う。しかし怖いのはイリアも変わらなかった。
意味不明のメッセージ、何かの着地音。
イリアはその扉に向かって進んだ。恐怖心が足を鈍らせる。
元居た位置から扉まで半分行ったくらいの時、突然扉が音を立てながら開いた。
イリアもリアも瞬間に全身をこわばらせる。硬直したように足が動かなかった。
「あれ?人がいるんですか?隠しておいたのになぁ」
扉の中、綺麗な金の髪をした見るからに品の良さそうな男が立ちすくむ二人を見て可笑しそうに言った。
イリアは答える事が出来なかった。
扉から出てきた男は、ゆっくりとイリアに歩み寄る。
イリアは無意識に後ずさりながら男を必死に睨んだ。しかし男はそれに引く事なく、微笑みだけを浮かべてイリアを見ている。
何故か冷たく感じる微笑に、イリアは何か得体の知れない感情を覚えた。
「だ、誰だ!なんでこんな所にいるんだ!?」
「おや、それはこっちの台詞ですがね。ここは元々うちの所有物ですし」
イリアのすぐ目の前まで来た男は微笑みを崩さずに言う。イリアは金縛りにあったように少しも動けなった。
「私はこの研究室の所有者です。ゼロ・ラジアスと言います」
そう言って男─ゼロはニッコリと笑った。





地下の楽園TOP  第二章3