「所で、君達は何故ここにいるんでしょうかねぇ?」 ゼロはニッコリと笑い続けながら、イリアと視線を合わせるように腰をかがめる。 品良く整ったゼロの顔を間近で見ながらイリアは声を震わせた。 「み、見つけたんだ!」 「それだけじゃあ何の事かわかりませんね」 「散歩してて、ドラム缶の影の穴を見つけたんだ。それで入ってみたら此処に来れた」 「そうですか……あれ、見つかってしまったんですねぇ。どうにかしないとな……」 姿勢を正し、ゼロは困ったように呟いた。顎に手を当て、何かを考え込む。少し我を取り戻したイリアはゼロに警戒の目を向けながら 少しづつ後ずさった。それを認めてゼロはまた困ったように笑う。 「おやおや、警戒されているようですねぇ。私は何もしませんよ?」 「そんなん、信じられるかよ!」 ゼロを睨みつけながら怒鳴るイリアに、ゼロは少し呆れたように首を振った。ブロンドの綺麗な髪が揺れる。 身に着けている黒いスーツが何かを醸し出すように光を受けて艶やかに浮かび上がっていた。 「何もしませんよ。私は少し仕事があって来たんですから」 「……仕事って?」 「んー何から話しましょうか。君はこの上に二つの層があるのを知ってますか?」 「馬鹿にするなよ!それくらい誰だって知ってる」 「そうですか。じゃあ続けますが、そこでは『太陽』という物が存在します。空に浮かぶ太陽とはまた別の物ですが」 ゼロの説明に納得いかないように首を傾げ、イリアは言う。 「空?太陽?」 「あぁ、そうか。ここにはどちらも無いんですね。上の世界には常に頭上高い所に空が存在します。言葉で説明するのは難しいですが」 「そんなのがあるの?」 「ええ。空は殆どの場合、青いです。空には白いふわふわとした雲と昼間中光続ける太陽があるんですよ。逆に夜は月や星が輝く」 その説明を聞きながら、イリアは見た事の無い世界に思いを馳せた。イリアが知るはずの無い太陽や月や星の美しさを想像する。 「綺麗、なんだろうなぁ」 「えぇ。綺麗ですよ」 「見てみたい……どうすれば見れるの?」 「空は最上層にしかありませんからね。見るなら最上層に行くしか無いでしょう。まあ、スラムの者が最上層に行けたという記録はあまり 無いですがね」 残念ですね、と付け足しゼロはイリア見た。見る事が出来ないと知ったイリアは落ち込みを隠す事無く、うつむく。 「話を戻しますが。空に浮かぶ太陽とは違う『太陽』とは惑星維持装置の事です」 「惑星維持装置?」 「ええ。これはいつの時代に作られたのかは判明していませんが、最上層の首都にあります。しかし、『太陽』は殆どの人間の干渉を受け 付けません。唯一干渉できるのは、数年に一度づつこのスラムで生まれる『力』を持つ者だけです」 「『力』?それを探しに来たの?」 「ええ。最近『太陽』の調子が悪くてね。直したいのですが、我々では出来ないですから」 全てを把握したわけでは無かったが、何とか事情を飲み込んだイリアはやっとゼロの顔を見た。 「大変なんだね」 「ええ。ですから、出来れば邪魔しないで頂きたいのですが?」 「邪魔なんてしないよ!あの、出来れば手伝えない?」 ゼロはイリアの申し出に、少なからず驚いた顔を見せる。意外そうにイリアの顔をまじまじと見つめた。 「君は変な人ですねぇ。全く知らない人間の仕事を手伝うと?」 「だって、ゼロさんのやろうとしてる事はいい事でしょ?」 「……まぁ、そうなるんでしょうか?」 「だから、出来れば手伝いたいなって……」 「そうですか……まぁ、いいでしょう。そこまで言うのなら。でも見返りは期待しないでくださいね?」 思いっきり頷くイリアを見ながら、ゼロは心の内でほくそ笑む。 (スラムで味方を作っておくのも悪くはありませんね。これで随分動きやすくなった……) 「お兄ちゃん……」 イリアの背後から不安そうな声がかかった。すっかり妹の存在を忘れていたイリアは慌てて振り向く。 見ると、泣きそうな目をしてリアがイリアを見ていた。 「リア……」 「妹さんですか?」 「あ、うん」 「お兄ちゃん、ダメだよ。ラクスに怒られちゃうよ」 リアは泣きそうになるのを必死に堪えるように声を絞り出す。リアに言われてイリアは初めてラクスの事を考えた。 地区(ブロック)の住民意外には極端に嫌うラクスの事だ。イリアがゼロのような得体の知れない人間とつるむのをもちろん怒るだろう。 そこまで考えて、イリアは初めて悩んだ。 「そっか、ラクス……」 「ラクスとは?」 「うちの地区のリーダーだよ。余所者が嫌いなんだ」 「そうですか……その、ラクスさんに会わせてもらえませんか?」 「え、いいけど……」 (まぁ、この少年が味方に居れば何とかなるでしょう) ゼロは頭の中で即座に計画を練り上げながら、イリア達を見る。イリアはリアの所まで行き、何かを話していた。 しかしまだ泣きそうなリアは兄の服にしがみつき、大きな瞳でゼロを睨んで居る。 「リアちゃん、でしたっけ?大丈夫ですよ、君のお兄ちゃんには何もしません」 ゼロは優しく見える微笑を顔いっぱいに広げながらリアに言った。小さなリアはその笑みにまた問いかける。 「ホント?」 「ええ。ホントです。約束しますよ」 ゼロの紳士な態度に、リアは少しだけ警戒を解いたようだった。 そういえば、とゼロはイリアを見る。 「君の名前を聞いてませんでしたね?」 「僕は、イリア。イリア・ディーンだよ」 「イリア君ですか。じゃあよろしくお願いしますね」 ゼロは何かを企むような笑みを内に隠しながら、笑った。 研究室のモニターは相変わらず青白い光を放っていた。 |