「じゃあ、ついて来てよ」
そういって、イリアはゼロを伴って歩き始めた。また暗い階段を通り、上へと戻る。
ペンライトは電池が切れ始めているのか、少し光が弱かった。
行きより、一人分多い足音が闇の階段に響く。それは、どちらかというと革靴のようなしっかりとした靴の音だった。
「イリア君は、いつ此処を見つけました?」
「ちょっと前だよ。この辺を歩いてて見つけたんだ」
「その事を、他の人に言いましたか?」
「リアにしか言ってないよ。僕達の秘密基地」
既にゼロに対する警戒を解いているのか、イリアは無邪気に答える。上の世界の話と、ゼロの仕事の話を聞いてか安心し
きっているようだった。
「そうですか」
ゼロは終始笑顔を崩さない。
(此処の存在を知られていないのは、まぁ好都合ですね)
笑顔の裏で、そのように黒い笑みを浮かべる。
じゃぁ、とゼロは続けた。
「此処の事は秘密ですよ?私が此処から降りてきたのもね」
ゼロは人差し指を唇に当て目を眇めながら悪戯っぽく笑う。しぃ、と声まで出して見せた。そういう人懐こい仕草が、イリアを
安心させているのかもしれなかい。
「わかったよ、秘密ね!」
「ええ。よろしくお願いしますね?」
「うん。リアも、ラクス達には言っちゃだめだぞ?」
イリアは自分の手を握る妹に言った。光が弱いため、顔はよく見えないが覗き込むように腰をかがめる。
「うん。ねぇスタンにも言っちゃだめ?」
「だーめ。僕達だけの秘密だよ?」
「うん、わかった」
イリアは答えるリアを、いい子だとでも言うように撫でた。
話してるうちに、階段は終わりが近づいた。ドラム缶の隙間から入ってくる微かな光が明るい。
「出口ですね」
「うん。待って、ドラム缶退けるから」
言うなり、イリアはペンライトをリアに渡して、光の漏れる位置へと駆け寄った。
少ししてズズ、と重い物の引きずられる音がする。それと共に、入ってくる光の量が多くなった。
そして完璧にドラム缶を退けると、人一人分程の光の穴が現れた。
「じゃあレディーファーストで。リアちゃん、どうぞ」
「あ、はい」
ゼロの促す声に、リアは慌てたように外へ出る。ゼロの行動にイリアは大人だなぁ、と感心した。
「あ、ゼロさん先出てよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って、ゼロには小さい穴を身を屈めてくぐる。それを確認してイリアも穴をくぐった。
ドラム缶を元に戻すと、そこは何の変哲も無い倉庫に戻る。
「こんな所に隠しましたっけ……」
「ゼロさんが隠したの?」
「ええ。数年前にね。その前までは他の所から出るようにしてたんですが、ばれてしまいましてね」
「ばれたって……僕らはいいの?」
もっともな疑問をぶつけた。あぁ、とゼロは答える。
「君達は悪い人じゃなさそうですからね。それに言わないと約束していただきましたし」
「ふぅん、そっか。所で、何でゼロさんは僕達に敬語使うの?」
「あぁ、普通は使いませんね。まぁこれは性分と言う物でして、幼い頃から身についていたもので」
「へー」
すごい、とイリアは思った。敬語なんて生まれてこの方殆ど使った事の無いイリアにとってはそれはある意味驚異的でもある。
高そうなスーツに着いた埃を払うゼロを見ながら、イリアは溢れてくる興味を押さえるのに必死だった。上から来た、というだけでも
充分に興味深いのだ。それに、スラムではあまり居ないような人柄もイリアを魅了して止まない。
「その、ラクスさんとやらが居る所は遠いですか?」
「ちょっと、歩くけどそんなでも無いよ」
「そうですか。じゃあ行きましょう」
頷いて歩きはじめるイリアの後ろをリアと、そしてゼロが着いて歩き始めた。
屋外では、天井の照明具が相変わらず光っている。


研究所から南に歩いて三十分程。
その建物はあった。大して大きい訳でもなく他と変わらない灰色の建物。
スラムと言う街の一部として、その建物は存在していた。
「ここですか?ラクスさんの居る場所とは」
「うん、そう。中入ろう」
「勝手に入ってもいいんですか?」
「ここは一階が『竜虎』のメンバーが出入りする所なんだ。二回がラクスの部屋」
「『竜虎』?」
聞きなれない単語に、ゼロは眉をひそめる。何かのグループか何かだろうかと、思案を巡らせた。
「そっか、知らないんだよね。『竜虎』はこの地区(ブロック)を仕切るチームだよ。どの地区にもそれぞれチームがあるんだ」
「そのリーダーがラクスさん、という事ですか」
納得したように呟くゼロにイリアは満足そうに頷き、先導して建物の中へと入っていく。
中は装飾など、一つも無い無機質なコンクリートの部屋だった。あるものはいくつかのテーブルと椅子、そんなものだった。外から見たよりも
奥行きはあるようで、かなりの広さがある。
そしてその部屋には数人の少年少女や、少し大人びた青年達がたむろしていた。
その内の一人が入ってきたイリア達に気づいて声をかけてくる。髪を短く刈った、紫の目をした少年だった。年齢はイリアと同じくらいか。
「よっ、イリア」
「あ、スタン。やほ〜」
とても明るい笑顔を浮かべて、イリアは独特な挨拶を返す。同じようにイリアに笑顔を向けていたスタンだったが、イリアの後ろのゼロを認めた
瞬間に表情が変わった。
「イリア、そいつ誰だよ」
「あ、この人はね……」
イリアがいい終わる前にゼロがイリアを押しのけてぐい、と前に出る。
「初めまして、ゼロ・ラジアスと申します。上から来ました」
にこやかに挨拶するゼロを不審な目で見ながらスタンはゼロから距離をとった。
「上?」
「そう、最上層からです。ちょっと仕事がありましてね」
イリアのように最上層について興味を持つわけでもなく、スタンは相変わらずピリピリと警戒を続けている。
ゼロはそれを意に介さなかったが、慌てたのはイリアの方だった。
「スタン、ゼロさんは悪い人じゃ無いよ!そんなに怒らないで?」
「だって、見るからに怪しいじゃんよ。まぁ最上層の罪人とかはこのスラムに落とされるみたいだから、上から来たってのは百歩譲って納得するけど」
「え、罪人がここに来るの?」
酷く驚いたようにイリアはスタンに聞く。それにスタンは呆れたような声を出し、イリアをなじった。
「はぁ?お前、そんなんも知らないのかよ。うちの地区には居ないけど、他の地区には上から来た罪人が何人かいるだろ」
「へぇそっかぁ。知らなかった」
「お前なぁ。ま、いーや。それは置いといて、仕事ってのが納得行かないぜ」
「まぁ、何も説明してませんから仕方ありませんね。でも説明する前に、ラクスさんと会いたいので後にしてもらえますか?」
これはスタンだけでは無く、その後ろで同じように警戒の視線を向けている『竜虎』の面々に言った物だった。
「じゃ、じゃあラクスの所行こう。スタン、ラクスは上?」
「あぁ。おい、ゼロとかいったっけ?後でちゃんと説明してもらうからな!」
「わかってますよ」
そうして会話が一段落し、ゼロは視線でイリアを促す。それに答えてイリアは階段に向かった。





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