夕食も無事終わり、ゼロは寝室──イリアの部屋に戻った。
相変わらず子供っぽい部屋は、全くゼロの雰囲気にはそぐわない。
しかしゼロはそれには全く気に留める様子もなく、小さな寝台に腰を下ろした。
ずっと着ていた黒いスーツを脱ぎ、棚にかける。
「ふぅ、どうやって探しましょうかねぇ。『力』を持つ者……」
困ったように溜息をつき、ゼロは横になった。ギシっと、木製の寝台が軋む。
そして持ってきた上から持って来た資料の束を取り出した。
「以前の『力』を持つ者は、子供だったようですが……というか、今まで子供が多いですねぇ。この地区(ブロック)に居れば
いいんですけど。違うブロックだと、色々手間がかかるからなぁ」
紙の束を次々と捲りながら、その内容全てを頭に入れていく。
太い電話帳程もあった束が、すごい勢いで薄くなっていった。凄まじい速度だった。
既に読み終わった紙は、部屋中に撒き散らされ、床には紙がぎっしりと敷き詰められている。
見る見るうちに束は薄くなり、ついに全てが撒き散らされた。
「ふぅ……今までは全てことごとく失敗しているみたいですね」
ゼロはクスリと笑った。
(しかし今回はそうは行かない。私はそんなに無能じゃない)
部屋の外に漏れないように、ゼロは忍ばせた笑いを続ける。
ひとしきり笑い、その笑みを収めたゼロは散らばった紙を拾い集め始めた。
手早く集めたそれを持ち、窓を開けそこから腕を突き出す。
「さて」
ポケットから出したライターに火を点し、ゼロはそれを紙の束へと近づけた。
炎が触れ紙が端からジワジワと燃え出し、風に煽られると炎は一気に大きくなる。
夜と呼べる時間になり照明が落とされたスラム街は暗く、そこに赤く燃える炎はとても鮮やかに舞っていた。
「こんな物を見られたら大変ですからねぇ」
うっすらと怪しい微笑みを浮かべるゼロの顔を、炎は赤く照らし出す。
一般に端麗と呼べるゼロの顔は、そうするとそれ以上に綺麗に見えた。
怪しく闇に浮かぶ彼の顔はただ、微笑んでいた。


「リア?パジャマ着た?」
「着たよぉ」
リアは兄の顔を見上げて、ニッコリと笑った。
イリアもそれに笑い返して、パジャマの最後のボタンを閉める。
「今日からちょっとの間お兄ちゃんと一緒に寝ような」
「うん」
嬉しそうに頷くリアを抱き上げて、イリアはベットに寝かせた。
その隣に自分も横になり、イリアはリモコンで電灯を消す。
真っ暗になった部屋に、幼い二人の息遣いだけが聞こえる。
「リア、おやすみ」
「お兄ちゃんも、おやすみ」
そう言葉を交わして、それきりまた部屋には沈黙が下りる。
そしてすぐにリアの寝息が聞こえ始めた。
今日は色々あったためか、幼いリアには相当堪えたらしい。
イリアは耳に届く静かな寝息を聴きながら今日起きた事に考えをめぐらす。
(ゼロさん……不思議な人だなぁ。悪い人じゃ無いのに、なんでラクスもスタンもあんなに怒るんだろう)
それは単に、イリアにスラムに住む人間としての自覚が足らないからなのだが、当の本人はそんな事考える由もない。
特にイリアにとって尊敬するリーダーであるラクスが怒った事については少し落ち込んでいた。
確かに以前からラクスはよそ者を嫌っていたが、ここまで警戒し、嫌うのは珍しかった。
(ラクスとゼロさんがしてた話に関係あるのかなぁ。社長子息とか何とか。俺には難しくてわかんなかったけど。社長子息の何がいけないんだろう?)
イリアの思考はまず根本的な所からずれていたが、そんな事は気付きもしない。
暗闇の中というのは、思考は途切れる事なく次から次へと流れる。
それは例えば今のような少し込み入った内容から、明日の夕飯どうしようなどのなんんでも無いものまで様々だ。
そして暗闇の中にいるともう一つ、起きる現象。
それは眠気。
特に子供ともなると、それが襲ってくるのは急激だった。
イリアもそれは例外では無いらしく、いつの間にか眠気は思考に勝り、完全に思考は停止していた。
そして、朝が来るまで深い夢の中へと落ちていくのだった。



目を覚ますと、スラムにはもう灯りが点されていた。
時計を見るとしかしそれ程早い時間では無い。
平均的に起きる時間帯より少し遅いくらいだった。
イリアは上半身を起こし、ふと隣にあるもう一つの体温に気付く。
「そっか、一緒に寝たんだっけ」
ゆっくりと覚醒していく脳を感じながら、イリアは自分のすべき事を一つ一つ脳内にシュミレーションしていった。
そしてそれが朝食の準備まで行き着いた時にゼロの存在をふと、思い出す。
「やっべ、ゼロさんもう起きてるかな!?朝ごはんの準備〜!!」
急激に覚醒したイリアは、ベットから飛び出して慌しくキッチンへと飛び出していった。
ガチャとドアを開けて中に入ると、白いシャツにエプロンをかけた後姿を見つける。
「……ゼロさん?」
その声にゼロは振り向き、イリアの姿を認めニッコリと笑った。
「あぁ、イリアくん。おはようございます」
「おはよう……って、そうじゃなくて!ごめんね、俺がするからいいよ!」
「いいえ、大丈夫ですよ。私もこれくらいできますから。イリア君はゆっくり準備していてください」
「あ……ありがとう」
「大丈夫ですから。もう少しで朝食が出来上がりますから、リアちゃんも起こしてあげてくださいね」
「あ、はい」
ゼロはくるりを背を向けて、部屋を出て行くイリアを見送ってまた料理に専念し始めた。



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