「そろそろ、ラクスさんの所へ行きましょうか?」
「あ、そうだな。もう昼すぎだし」
「イリア君と約束してるんですよ。昼過ぎにラクスさんの所でって」
「へぇ。んじゃさっさと喰っていくかぁ」
スタンはガツガツと定食の残りを口に掻きこむ。
しかしゼロは今まで通り、ゆっくりと食器を口に運んでいた。
「お前、なんでそんなゆっくりなんだぁ?お前が言い出したのに」
「いえ、どうせ最後まで食べれませんから。スタン君が食べ終わったら行きましょう」
「なんだ、そりゃ。もったいねぇなぁ。金は大切なんだぞ?」
「まぁ、ここではそうでしょうね」
「あぁ、お前はぼんぼんだったな。お前に言った俺が馬鹿だったよ」
「あはは!そんなひがまないで下さいよ」
「けっ。うるせーよ」
スタンはそっぽを向いてまた定食をたべはじめる。
ゼロはニコニコしながらその様子を見ていた。
スタンは照れたようにゼロを睨みつける。
「見てんなよ!」
「いいじゃないですか。減るもんじゃないし」
「はずいんだよ!」
顔を真っ赤に染めて、スタンは弱くゼロに拳を突きつけた。
「あはは。あ、食べ終わりました?行きましょうか」
ゼロは伝票を持って、レジに向かった。
スタンは憮然としながらその後に続いた。


「つきましたね」
場所は変わって、ラクスの自宅前。
店を出て十分と少し。ゼロとスタンはラクスの自宅に到着した。
スタンが先にドアを開けた。
「よぉ。イリア来てるか?」
「あ、スタン。やほ〜」
奥の方でイリアが彼より幾分年下に見える少年と戯れながら、スタンに手を振った。
スタンはそっちに寄りながら、少年を見て満面の笑顔を浮かべる。
「よぉ、ジル。お前もう動けるようになったのか」
「うん!ラクスがずっと面倒見てくれてたんだよ!あとユアも」
「そっか、良かったな。早く治りきるといいな?」
「うん」
ジルは先日のチームとの戦闘で重症を負っていた。しかし、『竜虎』のメンバーのかいがいしい看病で、普通より随分早く回復を始めている。
「ねぇ、その人誰?」
ジルはスタンの背後にいた、ゼロを指差し、好奇心丸出しの声で聞いた。
スタンはチラっとゼロを見て「あぁ」と頷いた。
「ジルは始めてだっけな?こいつは最上層から来た人間で、ゼロって言う」
「よろしく、ジル君」
ゼロはいつもの人当たりの良い笑顔でジルに手を差し出した。
握手でも求めているのだろう。
しかしジルはそれを理解できず、ただゼロに笑いかけた。
「よろしく!」
「えぇ。あ、イリア君。こんにちは、って朝も会いましたけどね」
クスっと、ゼロは苦笑をもらした。
「あ……う、ん。そうだね」
イリアはきまずそうに、ゼロから目を逸らす。
ゼロはすぐにその異変に気付いた。
「どうかしましたか?」
「あ、ううん!!なんでもないよ!」
生来、素直な性格のためイリアは隠し事というものが大嫌いだった。
とてもやましい事をしている気分になる。
ゼロはおかしいと思いつつ、それ以上追求しても意味の無い事を悟り、何も言わなかった。
「あ、そうだ。イリア」
少し気まずくなった空気をものともせず、スタンが能天気にイリアに目を向ける。
「何?」
「なぁ、こんな形の痣持ったやつ、『竜虎』にいなかったっけ?」
スタンはさっきゼロが描いた絵をイリアに見せて、言った。
イリアはその絵を見たとき、自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。
青い顔をしながら、イリアはいっぱいいっぱい返事をする。
「さ、さぁ。わかんない、よ」
「そっかぁ。くそ〜絶対見た事あるのになぁ」
「そ、そうだっけ?」
「そうだよ!イリアも絶対知ってるって」
「僕は知らない、よ」
「そっかぁ。残念」
ゼロはしどろもどろになるイリアは鋭い視線で軽く目を眇めながらじっと凝視していた。
その目には何か確信めいた物が浮かんでいる。
(知ってますね、イリア君……もう少しだ)
そして怪しく、笑った。



第三章.『紋章』の意味   ─完─




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