第四章.そして秘密は


「来たのか」
静かな声がして階段から下りてくる者があった。
「あ、ラクス!よっす」
「スタンか」
ラクスは椅子に座って足をぶらぶらさせているスタンに一瞥を与え、それからその後ろにいるゼロに目を向けた。
「こんにちは、ラクスさん。お元気そうで」
「昨日あったばかりだろう。馬鹿な事を言うな」
「そうでしたっけ?クスクス」
ラクスはそれをうざったそうに見ながら、ふとイリアの様子がおかしい事に気付く。
「イリア?……どうした?」
「あ……な、なんでもないよ」
イリアは気まずそうに、視線を下げた。明らかにおかしい態度にラクスはまさかと思ったが、見たところゼロはまだ
知らないようだと思い直し、理由の解明に頭をめぐらせる。
「ラクスさん。このような形をした痣を見た事はありませんか?」
ゼロは含み笑いをしながら確信めいたようにラクスに紙切れを差し出した。
ラクスはそれを受け取りじっと見つめていたが、すぐに興味をなくしたようにそれをつき返した。
「知らないな」
「……そうですか。でもスタンくんは見た事あると言っているんですがねぇ?」
「そうか。しかし俺には覚えがないな」
そのゼロの言葉から、イリアの様子のおかしさの原因がすぐに理解できた。
きっとこのようなやり取りがイリア相手にも行われたのだろう。きっとスタンも加わって。
イリアが嘘をつく事を苦手としている事は当然ラクスも知っている。
そのためか、少しイリアが憐れに思えたが、イリアのためと思い堪えた。
しかし、ラクスの中で起こった一瞬の逡巡にゼロは目敏く気付いたようだった。
(ふふ。冷静ですねぇ。それともフリでしょうか。まぁ、『力』を持つ者が見つかるのも時間の問題でしょう。イリア君を
攻めれば、すぐにカタはつく……)
そして、青くなってうつむいているイリアに冷たい視線を送った。
可哀想な程顔は真っ青になり、よく見ると小さく震えてもいる。
あまりにも思い通りに事が運ぶため、ゼロはふと気を抜きそうになる。そんな自分を心の中で戒めながら、ゼロは笑っていた。
ラクスはそんなゼロに密かに視線を送りながら、小さく舌打ちをする。
(危ないな。イリアのあの様子、こいつもすぐに気付くだろうな。もしかしたらもう気付いているかもしれない……どうにか
『竜虎』から引き離さないと)
「おい。俺は最小限の協力はするといったが、必要以上に『竜虎』に関わるなと言ったハズだが?」
「あれ?そうでしたか?ふふ。でも手がかりがここにあるんですから、これは必要な事だと思いますけど?必要な限りはラクス
さんが許してくれたんですよね?」
確信を込めて、ゼロは笑った。
間違いない、この中にいると。
そしてその中でも一番可能性が大きいのは、彼であると。
確信して笑った。



それからイリアはゼロ達を別れ、スタンと共にスラムの街中をあてもなく歩いていた。
イリアはいつも以上にボーっとしている。
その様子にスタンは心配したように声をかけた。
「おいイリア。大丈夫か?お前ちょっと変だぞ?」
「そ、そんな事ないよ!心配しすぎだって、スタンは」
あははとイリアは笑って見せるが、その明らかに落ち込んだ様子にスタンは更に眉根を寄せる。
変な所は鋭いのに、けっこう鈍かったりした。
「悩み事なら俺に言えよ!」
「うん、ありがとうスタン」
心から心配してくれる親友に、イリアは嬉しそうに笑った。
スラムはいつもと変わらず、どこもかしこも灰色だった。歩くたびにコツコツをアスファルトがなる。
「俺さぁ、お前とは生まれた頃から一緒にいるような気がするんだよなぁ……」
「あはは。俺もだよ」
「でも実際はまだ七年しか経ってねぇんだよなぁ。時間って変だよなぁ」
「でも、俺たちが生きた時間の半分は一緒にいるよ」
「そっか、そうだな」
スタンは照れたようにそっぽを向いた。
「俺さ、スタンと会えてホント良かったよ。そうじゃなかったらこんな楽しい思い味わえなかったよ」
「そーでもねぇだろ?お前、俺と会う前から『竜虎』でみんなに大切にされてたんだろ?」
「でも、スタンがいるといないとじゃ、きっと全然違うよ」
「……そっか。ありがとな」
スタンはそっぽを向いていたが、耳まで真っ赤に染まっていて照れているのはバレバレだった。
「あはは!スタン赤くなってる〜」
「う、うるせぇ!!だまってろ!」
スタンは自分の顔を見せまいと、イリアの頭をガバット抱え込む。
「イタタ!痛いって、スタン!」
「けっ。お前が悪いんだよ!」
「もう!」
やっと開放され、イリアは思いっきり頬を膨らませた。
「……ねぇ。スタンのさ、昔の話聞いた事ないよ?」
「あぁ……言ってないからな」
「聞かせてよ」
「別にいいけど、面白いもんでもねぇぜ?」
「いいよ。スタンの話、聞きたい」
わかったと、スタンはポツポツと語りだした。
「『竜虎』に入る前は、ずっとアルシドって奴と一緒に暮らしてた。チームには入ってなかったけどな。
今はもう死んじまったけど」
それから続くスタンの昔話はすっとイリアの胸にしみこんでいった。
沈んでいた気持ちも、スタンが自分に昔の話をしてくれたと言う事が少しだが気分を持ち上げてくれた。
そしてずっと他愛もない話をしながらスラムを歩き続けた。






地下の楽園TOP  第四章2